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4話-1 魔を祓う力。

last update Last Updated: 2025-04-03 20:00:56

* * *

伯母が優しく手を握ってくれた時、

自分は夢を見ているのだと気づいた。

この時は4歳で、

お互いに普段とは違う綺麗な格好をし、伯母が初めて自分の手を握り、そのまま手を引いて歩いてくれて、

ボロ家の近くにあるゴシック様式の美しい教会まで連れて行かれた。

「ローゼおばさま、ここがトクベツな教会?」

教会の前でフェリシアは見上げて尋ねる。

「えぇ、そうよ」

「魔を祓う力があるかどうかの儀式を行う特別な教会よ」

――魔を祓う力? 儀式?

「司祭様、ローゼ・フローレンスです。只今、フェリシア・フローレンスを連れて参りましたわ」

伯母がそう言うと、教会の扉が開き、優しそうな司祭が出てきた。

「この子がフェリシア・フローレンスですね。では中へお入り下さい」

言われた通り、中に入る。

けれど、すぐさま、伯母と引き離され――、

抵抗する間もなく、ショートベールを被り、純白な格好をさせられて、

言われるがまま、祭壇の前に跪く。

「ではこれより、魔を祓う力があるかどうかの儀式を始めます」

「さあ、目の前の神に祈りを捧げよ」

司祭の言葉の後、

伯母が席で見守る中、

祈りを捧げ、儀式が始まった。

司祭によると、

魔を祓う力があれば、光が見えたり、何か聞こえたり見えたりするという。

しかしながら、何も変化は起こらず、

結果、フェリシアには魔を祓う力がないことが分かった。

そして、伯母が優しく接してくれたのも、

手を握ってくれたのもこれきりだった。

魔を祓う力さえあればきっと、伯母に奴隷として扱われず、

愛され、幸せに暮らせていただろう。

自分は神に見放された“いらない子”なのだ。

* * *

「――――はっ」

深夜、フェリシアはベットの上で目覚めた。

嫌な夢を見たせいか、両目からは涙が流れ、首元も汗で濡れている。

気分転換に夜風にでも当たってこよう。

そう思い立ち、部屋を出て、中庭まで歩く。

すると、エルバートが月を眺めていた。

その立ち姿はとても美しく、思わず、吸い込まれそうになる。

「どうした? 眠れないのか?」

「あ、はい。ご主人さまも……?」

「私は無心になる為に、こうやって時々、月を眺めるようにしている」

「そうなのですね」

気分転換にここまで来た自分がとても恥ずかしい。

(これ以上、邪魔をしたらいけないわ)

「では、わたしは部屋に戻ります」

「せっかくだ。共に月を見ないか」

「え、でも……」

「これは命令だ。隣で、だぞ」

命令、となれば聞くしかない。

「か、かしこまりました」

エルバートの隣に立ち、共に月を眺める。

エルバートと出会う前は、下ばかり向いていて、月を眺めたことすらなかった。

けれど、今は、エルバート共に月を眺め、

そのあまりの月の美しさに自然と涙が零れてしまう。

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    * * *エルバートは執務室の椅子に座りながら、ハッとする。なんだ? このただならぬ気配は。医務室か?エルバートは執務室から飛び出し、ディアムと共に医務室へと駆け付ける。「何があった?」エルバートは見張りの兵に問う。「エルバート様! 医師が寝室までルークス皇帝のご様子を見に出られ、見張りを続けていたところ、医務室内で邪気が発生し、扉が開かず、只今、入室出来ない状況でございます!」「そうか、退いていろ」エルバートは扉に右手を当て、祓いの力を使い、くくった長髪が靡くと、扉を勢いよく開ける。すると床に倒れるフェリシアの姿が両目に映った。「フェリシア!!」エルバートは叫ぶと同時に駆けていき、フェリシアを抱き起こす。魔はいないようだが、魔に弾き飛ばされ触れた箇所から邪気が溢れ、体全体を邪気のようなものに包まれているようだ。エルバートはフェリシアを抱き起こしたまま祓いの力を使う。するとフェリシアの頭痛は治まり、楽になったようだった。(……? 何かを持っている?)エルバートは両目を見開く。「これは私が帝都で渡したブレスレット……」恐らく、中庭の時にネックレスを失くしたのと同じくブレスレットを失くし、探す為にベットから一人で下りたのだろう。エルバートは切なげな顔をする。「もう私のことを思い出そうと頑張らなくていい」エルバートはフェリシアの左腕にブレスレットを付けて持ち上げ、ベットまで運び、寝かす。それから椅子に座るとフェリシアが、か弱き声で発した。「…………花が、見たい」その言葉で、エルバートは希望を感じた。(もしかしたら、私の記憶はフェリシアの心の奥底に残っているのかもしれない)そして、もう一度、あの咲く花を彼女と共に見れたなら。「――あぁ

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    * * *それからこの日を境にフェリシアは落ち着くまでブラン公爵邸に帰宅させることは出来ないと、祓いの力を持つ医務室の天才医師に診断され、しばらくの間、医務室で治療を受けることとなった。その為、エルバートとディアムも宮殿で寝泊まりすることになり、エルバートからリリーシャ達にその皆を伝えるように命じられたディアムは一旦馬で帰り、自分のせいで、ふたりに多大な迷惑を掛けることになった。早く思い出さなければ。そう思ったフェリシアは医務室に戻って来たディアムに密かに頼み、エルバートが執務で忙しい時に、アベル、カイ、シルヴィオに医務室まで来てもらい、エルバートのことを聞いた。「軍師長の様子なら、執務に集中出来ていない感じですね。着替えもせず、髪もくくったまま、フェリシア様のことばっか考えてますね」「カイ、そんなふうに言ったらフェリシア様が気にするだろう?」「フェリシア様、申し訳ない。でもまあ、フェリシア様が初めてだな、エルバートに色々な顔をさせるのは」アベルに続いて、シルヴィオも口を開く。「冷酷な鬼神だったのに今は惚気ているな」「誰が冷酷な鬼神だ」エルバートがそう言って医務室に入ってくる。「おかしいと思って来てみれば、さっさと出て行け!」エルバートに命じられ、アベル達はフェリシアに会釈をして医務室から出ていった。その後は毎日少しずつディアムからエルバートのことを聞いた。エルバートがフェリシアの家にご婚約の手紙を届けたことからブラン公爵邸で暮らすことになったこと、普段は月のように美しい銀の長髪を流したままなこと、ビーフシチューがお好きなこと、ご主人さまと呼んでいたこと等、これまでの日々のことを。けれど、思い出すことが出来ず、エルバートのことを朝も昼も夜もずっと考え続け、いつしか、8日目の夜になっていた。宮殿のお料理は病人食とは言え、どれも自分には高級で美味しい。けれど早く帰り、自分

  • 一通の手紙から始まる花嫁物語。   16話-1 もう一度、あの咲く花を見れたなら。

    * * *――――フェリシアをエルバートとの婚約の意を含めた“正式な花嫁候補”とする。医務室にいるフェリシアの心にルークス皇帝のお言葉が響く。まるで呼びかけられているよう。頭に包帯を巻いたまま、ベットから上半身を起き上がらせ、その身をディアムに支えられながらも、その声に触れるように、そっと自分の胸に両手を重ねる。するとなぜだか分からないけれど、自然と涙が溢れ出た。フェリシアはそのまま、ルークス皇帝のお言葉を聞き届けた。* * *客間でルークス皇帝のお言葉を聞き届けたエルバートは唖然と立ち尽くす。まさか、軍師長の座だけでなく、フェリシアをも守って頂けるとは。エルバートの父と母、そしてアマリリス嬢は絶句し、光がすぅっと消えると、ルークス皇帝の側近は手紙を懐に入れ、口を開く。「ルークス皇帝のお言葉は以上となります」「ならば、帰る」エルバートの父がそう言い、ソファーから立ち上がる。それを見た母とアマリリス嬢も続けて無言で立ち上がった。「では、私が宮殿の出入り口までお送り致します」ルークス皇帝の側近がそう言って扉を開け、エルバートの父と母はエルバートがこの場に存在していないかのような態度で客間から出ていき、アマリリス嬢もふたりに続いて出て行こうとする。しかし、立ち止まり、エルバートを見つめた。「エルバート様、お幸せに」アマリリス嬢は涙を浮かべながら笑顔を見せ、お辞儀をして客間から出て行く。これで、フェリシアはブラン公爵邸から出て行かずとも済むのだな。「ルークス皇帝、恩に切る」エルバートはそう感謝し、顔を右手で覆う。そのまま少し時が過ぎると、フェリシアがいる医務室へと向かった。* * *フェリシアはディアムに心配されながらも医務室のベットで起き上がったままでいた。すると医務室の扉が開かれる音が

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